小さな女の子が、大切にしていたお人形。
それは「リカ」ちゃん。一方、ダメな大人の女の人が、大事にしているお酒の瓶。名付けて、「リカー」ちゃん。
実は、私は家にはお酒を置いていない。嘘だろうと思われるかも知れないが…… 信じてもらえるだろうか。しかし、一本も置いていないというのも、最近、寂しい気がしてきた。もし、家に一本お酒を置くとしたら、あなたなら何がいい?
…… やっぱり、ハード・リカー。
ブランデーなら、カミュとかマルチャンとか。ピンからキリまで揃っている。ウイスキーは定番。それともテキーラ? 骸骨型のボトルとか、可愛い系ならスピリッツ。ワインは却下。アルコール度数が足りないから。ジンやウォッカだと、あっさり過ぎるかな…。
条件:アルコール度数40%以上。
何か、お薦め銘柄…… ありますか???
ジンにも色々あるらしい。
スカラ座に置いて在るのは、BEEFEATER、ボンベイ・サファイア、タンカレーなど。
ジンは、ジュニパーベリーという植物の実を用い、独特の香りをつけている。ストレートで飲む他に、マティーニやジン・トニックなどの、カクテル・ベースにも使われる。
でも何となく、ジンって消毒液っぽい?
私の、個人的な味覚なんだけど、揮発する冷たい舌触り。独特の味や香りのイメージが、まるで医薬品みたい。ストレートで飲むと舌が痺れて、麻酔効果もある感じ。アルコール度数も結構高く、大体40~47%とか。本気で消毒出来るかも!
きっと、ジンは良く効く傷薬。酔いがまわるのも早くって、いろんな痛みを忘れさせてくれる。
役に立つ、良いお酒ですね。
お酒を飲む時は、お酒を飲む以外することがない。
当たり前だろうと思われるかもしれないが、つまり、実は暇だったりする。お店の人が、話しかけてくれたりもするけれど、いつも気を遣わせるのも気が退ける。そこで、私はとある玩具を手に入れた。
タロットカード。
楽〇市場で手に入れた、絵がきれいなだけのカード。全部覚えるのは大変そうなので、大アルカナのみ使用する。出来る占いは、たった一つ。占い師でも何でもない、ただの酔っ払いの私。
ところが、これが案外当たる。
と言うか、そもそも占いなんて言うものは、出たカードの意味をどう読むかが鍵らしい。つまりコジツケ、口先三寸。頭をひねって考える。未来を、或いは自分の正解を。思い描くのも悪くない。伏せて並べたカードから、一枚を選ぶ One Oracle 。信憑性も何もない、タロットカードが問いかける。
…… 明日、どうなると思う?
人は欲しがる。
美味しいものなら、もうひと口。おまけだったら、もう一個。楽しい事ならもう一度、お酒は勿論、もう一杯。もっと、もっとと、いつも言う。
けれどもこの瞬間は、本当はここにしかない。
次も、明日もと言うけれど、明日は存在しないのだ。違う時間、違う場所。もし、もう一度会えたとしても、それはきっともう別の人。時が経ち、いつかまた会おうと言っていても、目の前にいない人間を、人はいつまでも覚えていない。やっぱり会わない方がよかったなんて、酒場ではよくある話。
だから私は、店から出ない。ただの呑兵衛だという噂もあるけれど、大抵はこの店にいる。ここに来る誰もが、この瞬間だけ特別で、ここでしか会えない人たちだから。一度、お店の扉を出てしまったら、あとは知らない人になる。そしてまた、この場所で会えるかもしれない。
――― 『スカラ座』で、会いましょう。
…… まるちゃん。
じゃなくて、レミー・マルタン。言わずと知れた、高級ブランデー。フランス・コニャック地方で生産される、五大銘柄の中の一つ。そのレミー・マルタンが、ひっそりとスカラ座のカウンターに置かれていた。封は切ってない。MENUにも載ってない。お店の人に聞いてもわからないと言う。
―― それって、飲んでいいのかな!!?
こんな私の目の前に、その瓶を置いている方が悪いよね。迷わず注文。両手でグラスを包み込む。香りを呼吸するだけで、くらっとしそうになるけれど。
―― これって、おいくらでしたっけ!!!
飲んでから、聞きました。大丈夫でした。良かったですね。
すべてが完璧。香りも、いかにもブランデー。いくつもの原酒をブレンドし、創り出された味はブランデー界のプロセス・チーズと呼んでもらいたい(嘘です)。
レミー・マルタンは裏切らない。裏切らないのは、お酒だけ。
ね、マルチャン♪